スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

オタ婚活イベントだってさ

オタクの聖地鷲宮で「婚活」イベント 男性8千円女性無料に反発
http://www.j-cast.com/2010/10/15078350.html

 女性の立場に立ってみれば、無料であるのは参加費だけで、交通費は自腹だ。オタクに抵抗がある女性であれば、参加費無料でも御免だろう。と思えば、男性にとっては8,000円で少なくとも「オタクに抵抗のない女性」というか「相手がオタクであることを想定し、その上で結婚してもいいかもという女性」と知り合える可能性が提供されるのだ。値段として高いものではない。仮に「年収1,000万円以上のオタク男性」と参加条件を絞れば喜んで参加費を払う女性も出てくるだろうが、かなり寒い光景が繰り広げられることになるだろう。これは担当者熟慮の末の決断だろうね。

 むしろ、年齢制限の方がいらないんじゃないかと思った。みんなどうせ「大きなお友達」「心はいつも17歳」なんでしょ。
スポンサーサイト
[ 2010/10/18 03:39 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)

『ガンダム00』と知的障害系ヒロイン

 『ガンダム00劇場版』って、こういう話だった。

 主人公が登場する。作品のターゲットであるヲタクから見ても社会性に欠け、女性にもてなそうな男。

 ヒロインが登場する。主人公よりさらに極端に世間から隔絶された存在。人並みの知能が無いかのようにさえ見える。

 主人公がヒロインに気に入られ、つきまとわれる。主人公自身に、女性の恋愛の対象になるという想定が無く、ヒロインにも恋しているという自覚はない。主人公はヒロインに振り回される。この時点では主人公は自分をヒロインの横暴の被害者と自己評価している。

 意に沿わない形で膠着する状況の打開への一歩。キレたヒロインが事件を起こすなどの決定的なイベントが起こり、二人の関係の見直しが迫られる。

 (並行して、ヒロインの出生の秘密が明かされるなど、関係再構築の材料が提示されていく)

 主人公とヒロインが互いの恋愛対象としての自分を受け入れる。男女の関係の成立。


 主人公の友人は以下のように構成されていた。

 にぎやかし。詰まりそうな主人公の心を解きほぐしてくれる存在。
 主人公に先行して、ヒロイン以外の女性と恋愛関係になる者。二人の今後の道を暗に示唆してくれる存在。
 美少年。謎を多く秘め、ストーリーのボリュームを作ってくれるが、本筋との関連は薄い。


 おまけ:イオ爺からの3つの贈り物

 師曰く「女性とつきあうのに役立つであろう3つのアイテムを君たちに贈ろう」
 太陽炉:恋愛には多大なエネルギーが必要になるだろう。
 イノベーター:相手の心の理解と周囲への気遣いが必要となるだろう。
 ヴェーダ:女性の言葉から真意を読み取るには量子コンピュータの支援が必要となるだろう。


関連記事:
 ガンダム00のヒロインがこんなに可愛いわけがない
[ 2010/10/12 13:13 ] アニメ・特撮 | TB(0) | CM(4)

ちょっとドイツ行ってきた

 徒歩で。

 ドイツ・オーストリア生活文化館(サイトなし)

 町田の芹が谷公園の周辺にある施設。向こうの文化に惚れ込んだ館長が私財と時間を費やして建設、維持しているこだわりの館である。


看板
 わざわざ探さなければ目に入らないような看板。注目すべきはその営業日で、一年の半分以上がお休みだ。曜日としては木曜~日曜だが、日曜は音楽会開催のため一般の営業が休みになることもあるという。


お茶
 右側のお菓子はパラチンケと呼ばれるウィーンのお菓子。パンケーキの生地で作られたクレープといったところ。中身はルバーブという野菜のジャム。柑橘系の果物に似た酸味に、ミントのような香りがした。日本でも軽井沢等で栽培されているらしい。

 頼んだのはお茶とお菓子。それに、たまたまスタッフのお茶の時間に居合わせたおかげでサンドイッチが付き、さらに「今日入れたお茶がおいしかったから、あなたも飲んで」という理由で写真にはない紅茶が後で追加された。


 室内の写真も撮影したのだが、残念ながら紛失してしまった。喫茶店というより、老舗旅館の食堂みたいな作り。(これは写真を見せてもらった)
 窓から見える外の風景、外から窓越しに見える室内の様子。極端に作り込まれた原寸大のドールハウスといったところか。傾けられた情熱は、むしろあのお台場ガンダムに通ずるものがあるかもしれない。
 しかし、中の空気はあくまで穏やかなもの。今まで行った店からあえて似たところを選ぶとすれば、一番近いのは猫カフェの空気か。


 博物館や美術館のように展示品を説明しているわけではない。あるのは向こうで普通に売られている雑貨や手作りの品々だ。
 お茶や食事も出すが、喫茶店やレストランというわけでもない。スタッフとして働いているのは絵に描いたような近所のおばさんたちだ。
 この生活文化館が見せてくれるのは、向こうの日常生活。建物と庭は向こうの民家のものを模しており、出されるお菓子も『夢色パティシエール』に出てきそうなスイーツではなく、普通の家庭でお母さんが日々作っているような、まさに「おやつ」。
 日頃の憂さを晴らす非日常の世界へご招待する…場所ではない。それ自体に価値がある、豊かな日常生活を提案しようという意図があるという。

 宣伝とかしない主義なので、公式サイトもなければ、グルメ系サイトへの登録もないということ。なので、ぜひ歩いて探してみて。
[ 2010/10/12 01:11 ] 町田 | TB(0) | CM(2)

ガンダム00のヒロインがこんなに可愛いわけがない

 リアル妹を持つ者として、『俺妹』正直どうなのよって意見であったが、妹のヲタ友のバジーナ氏(うじ)がいい女過ぎるのでやっぱり見ることにした。


 『ガンダム00』およびその劇場版は、『ガンダム』という作品があえて切り捨ててきた要素に光を当ててみようという試みであったと思う。
 『ガンダム』が提示した「人々がわかり合える可能性」に対し、手を変え品を変えて現実原則を持ち出しては「わかり合うことの難しさ」を訴えてきた後続の作品群。しかし、本作は訴える。「それはむしろとても簡単なことなのだ」と。

 そもそも、人々がわかり合うことが平和と幸福に繋がるという命題自体がファンタジーだ。実際の社会における人間同士の利害は単なる誤解だけでなく絡まっており、それを解きほぐすには相手のことを理解するだけでは不十分だ。たとえ真実それ自体に力があったとしても、決して万能ではない。理解の後に続くのは我慢とか妥協とか譲歩とか、あらゆる夫婦円満の秘訣である。最悪、互いの生存自体を受け入れられない不倶戴天の敵同士だったという絶望的な事実が明らかになるだけかもしれない。これはひどい。鬱だ死のう。


 『ガンダム00劇場版』における敵、異星体(ELS)は物言わぬ金属生命体である。「ガンダムと宇宙怪獣を戦わせたかった」というのがスタッフ自身が述べているそもそもの着想だが、物言わぬ存在であること、人類との関係、利害対立が単純であったことは本作の主張を表現するためには、とても都合がよかっただろう。相互理解→平和という構図を不自然なく作るには、リアルな背景を持った(そのようなものを背負っているかのように見える)人物などむしろ邪魔なのだ。
 

 異星体の目的は「わかり合うこと」それ自体にあった。『ガンダム』という作品にとって、なんという都合のいい「敵」だろう。

 人類にとって異星体が未知の存在であるように、異星体にとっても人類は未知の存在である。
 相手のことが分からないから、とりあえず肉体的な接触を試みる。(もちろん力加減などない)
 相手に警戒心を持たれたくないから、相手の姿をまねてみる。(まねた相手がリボンズだったのは不幸な事故ではない。ラブコメのお約束だ)
 相手の反応が薄くなったら、勇気を振り絞って、自分の居場所(木星)を出て相手の居場所(地球圏)に乗り込む。
 相手が自分に反応してきたら、自分も同じように反応する(MSや艦船の模写)。ガイジンと話すときに、相手の言葉をオウム返ししてみるようなものだ。もちろん、意味など分かっていない!そう、あれは人類とのコミュニケーションを取ろうという試みの一環だ。「それが地球での挨拶なんだね!」「何それ?面白いの?面白いの?」
 相手が自分の元に飛び込んできたら、思い切って心を開いて受け入れる。
 かくして人類にとって異星体は、そして異星体にとって人類は未知の存在ではなくなった。

 『ガンダム』が長年抱えてきた「わかり合うこと」という命題の答えは人類自身が知っていた。それが明らかになったのは「わかり合うこと」を全く知らず、しかしそれを絶えず求めていた異星体の存在があればこそ。なんという都合のいい「ヒロイン」だろう。ここは泣くところか、笑うところか。


 未知の存在であるはずの異星体。彼らの行動に意図があることをいち早く見抜き、劇場版の進行役を果たしたもう一人のヒロイン。それがミーナ・カーマインだ。彼女は人類における、異星体の似姿とも言うべき行動をとり続ける。TVシリーズに登場しなかったキャラクターをわざわざ持ち出す意味がここにある。では人類代表は?もちろんビリー・カタギリだ。


 本シリーズにおける黒幕であるイオリアは「来るべき対話に備えて」人類の成熟を企図していたが、事態は主人公の都合など頓着せずに始まった。『地球幼年期の終わり』などなかった。あったのは「人類モテ期の始まり」だ。
 では、我々は「来てしまったモテ期」に対して、ビリーよろしくおっかなびっくり対応するしかないのか。本作はその答えも提示している。本作で一番幸せな男、パトリック・コーラサワーだ。今までの『ガンダム』にあんなに魅力的な笑顔を見せる男がいただろうか。
[ 2010/10/11 01:48 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。