スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

イナズマイレブンは飛び出さない

 劇場版『イナズマイレブン』を観てきた。 3D映画ってのを初めて観た。

 3D映画の宣伝イメージっていうか、先入観として「なんかこうキャラクターなり物体なりがスクリーンから飛び出してくる」のを想像していたんだけど、そんなことは全然なくて、むしろスクリーンの向こうに奥行きがある世界が続いている感じ。水族館の壁に埋め込まれた水槽を覗いているような感覚だ。現実の世界とは空気の屈折率が違うというか、被写体との距離感や立体感の表現に不自然さも残っている。しかも動きの早い箇所などは、見ているこちらの脳の処理の方が追いつかなくて、何が起こっているのか解釈できない映像になっている。作品本編だけでなく、実写ベースの他作品の宣伝映像もそうであったので、これはアニメ固有の問題ではなく3D映画の技術の問題なんだろう。

 『イナズマイレブン』の映像に関していうと、立体物としての表現ではなく、浮き彫りのようなおとなしめの立体表現だ。金属板に描かれた2次元の元絵を裏からハンマーで叩いて凹凸をつけたような。明示的に描かれた線が無い箇所まで、なんとなく浮き出て見えるのが不思議。それはもう円堂の丸顔から、響監督の段腹から、飛鷹の複雑怪奇な髪型から、女子マネの胸まで。(しかし残念ながらいわゆる巨乳キャラは本作品には登場しない)
 必殺技の表現など、CGベースの絵はほとんど用いられず、一部のエフェクトを除いて、ほとんど手描きされた絵を後から破綻なく立体化している。相当の労力があったことだろう。迫力や見応えは十分で満腹感があった。

 あらすじ、内容の方は『イナズマイレブン』それ以上でもそれ以下でもない、極めて順当なもの。相手チームの背景とか、子供が寝そうな説明はサクッと省略。ここで「明快なので説明不要」ではなく、単に「説明しない」だけなのはどうかと思わないでもないが、なにしろ『イナズマイレブン』だからなぁ。
[ 2011/01/18 13:49 ] アニメ・特撮 | TB(0) | CM(4)

FlowerPower

劇場で観ただけでは飽き足らなくて、DVD購入に踏み切り、暇さえあればこれを繰り返し流しているここ数日。

周囲に「DVD予約した」と言っても無反応でちょっとがっかりしたのだが、実はプラモやムック等の関連商品でなく、ガンダムの映像作品買うのは初めてなのだ。

ストーリーは(TVシリーズを観てさえいれば)ストレートで分かりやすい。MSのギミックなど多々あるのだろうがイチイチ検証しようとか思わない。ただただ、観ていて楽しい。展開が分かっているのにワクワクする。買って良かった。


Powered by POPit




以下、致命的なネタバレ写真







[ 2010/12/28 23:03 ] アニメ・特撮 | TB(0) | CM(0)

『ガンダム00』と知的障害系ヒロイン

 『ガンダム00劇場版』って、こういう話だった。

 主人公が登場する。作品のターゲットであるヲタクから見ても社会性に欠け、女性にもてなそうな男。

 ヒロインが登場する。主人公よりさらに極端に世間から隔絶された存在。人並みの知能が無いかのようにさえ見える。

 主人公がヒロインに気に入られ、つきまとわれる。主人公自身に、女性の恋愛の対象になるという想定が無く、ヒロインにも恋しているという自覚はない。主人公はヒロインに振り回される。この時点では主人公は自分をヒロインの横暴の被害者と自己評価している。

 意に沿わない形で膠着する状況の打開への一歩。キレたヒロインが事件を起こすなどの決定的なイベントが起こり、二人の関係の見直しが迫られる。

 (並行して、ヒロインの出生の秘密が明かされるなど、関係再構築の材料が提示されていく)

 主人公とヒロインが互いの恋愛対象としての自分を受け入れる。男女の関係の成立。


 主人公の友人は以下のように構成されていた。

 にぎやかし。詰まりそうな主人公の心を解きほぐしてくれる存在。
 主人公に先行して、ヒロイン以外の女性と恋愛関係になる者。二人の今後の道を暗に示唆してくれる存在。
 美少年。謎を多く秘め、ストーリーのボリュームを作ってくれるが、本筋との関連は薄い。


 おまけ:イオ爺からの3つの贈り物

 師曰く「女性とつきあうのに役立つであろう3つのアイテムを君たちに贈ろう」
 太陽炉:恋愛には多大なエネルギーが必要になるだろう。
 イノベーター:相手の心の理解と周囲への気遣いが必要となるだろう。
 ヴェーダ:女性の言葉から真意を読み取るには量子コンピュータの支援が必要となるだろう。


関連記事:
 ガンダム00のヒロインがこんなに可愛いわけがない
[ 2010/10/12 13:13 ] アニメ・特撮 | TB(0) | CM(4)

ガンダム00のヒロインがこんなに可愛いわけがない

 リアル妹を持つ者として、『俺妹』正直どうなのよって意見であったが、妹のヲタ友のバジーナ氏(うじ)がいい女過ぎるのでやっぱり見ることにした。


 『ガンダム00』およびその劇場版は、『ガンダム』という作品があえて切り捨ててきた要素に光を当ててみようという試みであったと思う。
 『ガンダム』が提示した「人々がわかり合える可能性」に対し、手を変え品を変えて現実原則を持ち出しては「わかり合うことの難しさ」を訴えてきた後続の作品群。しかし、本作は訴える。「それはむしろとても簡単なことなのだ」と。

 そもそも、人々がわかり合うことが平和と幸福に繋がるという命題自体がファンタジーだ。実際の社会における人間同士の利害は単なる誤解だけでなく絡まっており、それを解きほぐすには相手のことを理解するだけでは不十分だ。たとえ真実それ自体に力があったとしても、決して万能ではない。理解の後に続くのは我慢とか妥協とか譲歩とか、あらゆる夫婦円満の秘訣である。最悪、互いの生存自体を受け入れられない不倶戴天の敵同士だったという絶望的な事実が明らかになるだけかもしれない。これはひどい。鬱だ死のう。


 『ガンダム00劇場版』における敵、異星体(ELS)は物言わぬ金属生命体である。「ガンダムと宇宙怪獣を戦わせたかった」というのがスタッフ自身が述べているそもそもの着想だが、物言わぬ存在であること、人類との関係、利害対立が単純であったことは本作の主張を表現するためには、とても都合がよかっただろう。相互理解→平和という構図を不自然なく作るには、リアルな背景を持った(そのようなものを背負っているかのように見える)人物などむしろ邪魔なのだ。
 

 異星体の目的は「わかり合うこと」それ自体にあった。『ガンダム』という作品にとって、なんという都合のいい「敵」だろう。

 人類にとって異星体が未知の存在であるように、異星体にとっても人類は未知の存在である。
 相手のことが分からないから、とりあえず肉体的な接触を試みる。(もちろん力加減などない)
 相手に警戒心を持たれたくないから、相手の姿をまねてみる。(まねた相手がリボンズだったのは不幸な事故ではない。ラブコメのお約束だ)
 相手の反応が薄くなったら、勇気を振り絞って、自分の居場所(木星)を出て相手の居場所(地球圏)に乗り込む。
 相手が自分に反応してきたら、自分も同じように反応する(MSや艦船の模写)。ガイジンと話すときに、相手の言葉をオウム返ししてみるようなものだ。もちろん、意味など分かっていない!そう、あれは人類とのコミュニケーションを取ろうという試みの一環だ。「それが地球での挨拶なんだね!」「何それ?面白いの?面白いの?」
 相手が自分の元に飛び込んできたら、思い切って心を開いて受け入れる。
 かくして人類にとって異星体は、そして異星体にとって人類は未知の存在ではなくなった。

 『ガンダム』が長年抱えてきた「わかり合うこと」という命題の答えは人類自身が知っていた。それが明らかになったのは「わかり合うこと」を全く知らず、しかしそれを絶えず求めていた異星体の存在があればこそ。なんという都合のいい「ヒロイン」だろう。ここは泣くところか、笑うところか。


 未知の存在であるはずの異星体。彼らの行動に意図があることをいち早く見抜き、劇場版の進行役を果たしたもう一人のヒロイン。それがミーナ・カーマインだ。彼女は人類における、異星体の似姿とも言うべき行動をとり続ける。TVシリーズに登場しなかったキャラクターをわざわざ持ち出す意味がここにある。では人類代表は?もちろんビリー・カタギリだ。


 本シリーズにおける黒幕であるイオリアは「来るべき対話に備えて」人類の成熟を企図していたが、事態は主人公の都合など頓着せずに始まった。『地球幼年期の終わり』などなかった。あったのは「人類モテ期の始まり」だ。
 では、我々は「来てしまったモテ期」に対して、ビリーよろしくおっかなびっくり対応するしかないのか。本作はその答えも提示している。本作で一番幸せな男、パトリック・コーラサワーだ。今までの『ガンダム』にあんなに魅力的な笑顔を見せる男がいただろうか。
[ 2010/10/11 01:48 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

劇場版(極悪ネタバレ)



[ 2010/09/23 08:46 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。